リニューアルしたかかみがはら航空宇宙科学博物館に標準ピトー管を見に行こう!その2

さて、前回は野外展示機からウェルカムホールの旧日本軍機までをご紹介いたしました。

さらにその奥のメインフロアへ向かいます・・・いますいます、岐阜ならではの変態機が(笑。

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メインフロア。

各務ヶ原航空宇宙科学博物館、メインフロア全景。

メインフロアはこんな感じ。天井が高いため、C-1ベースの「飛鳥」でも余裕の収蔵。海外の博物館と比較すると隙間が少々気になりますが、それはそれこれから期待、というところでしょうか。

まずは手前の「川崎KAT-1練習機」・・・はぶっ飛ばして(失礼)、やくみり的に興味のあるものだけをピックアップしていきますよ。

ロッキード/川崎 T-33A

ロッキード/川崎T-33A。ピトー管に特徴あり。

しかしなんとも味のある機体、T-33。

アメリカ空軍初の実用ジェット戦闘機であるP-80を改修して開発された、複座ジェット練習機。航空自衛隊でも使用されており、ベテランパイロットであれは必ず搭乗した経験を持たれるそうです。エルロンブースターによりふらつく機体に手を焼いたというエピソードあり(ちなみに教官いわく「修正するな!」半信半疑で修正をとめるとあら不思議、ぴたりと姿勢は安定したそうな)。

シューティングスターと呼ばれておりましたが本場アメリカではTバードとも呼ばれておりました。

  • 最大速度:965km/h
  • 実用上昇限度:14,300m
  • 航続距離:1,930km

ちなみに原型機のP-80の初飛行は1944年1月。

そう、太平洋戦争中であり、我が旧日本海軍が烈風を初飛行させた1944年5月をさかのぼることなんと4ヶ月・・・。アメリカ、恐ろしい国です。烈風がハ43を積もうが零戦が金星を積もうが、もう勝負は(戦略的にも、技術的に)決していたといわざるを得ません・・・

さて、このT-33A 221号機。よくある(といってもTバードももう見かけなくなりましたが)T-33と異なる点がコレです。

岐阜のT-33は一味違うのピトー管

非常に大きな、かつ複雑なピトー管が装着されております(ピトー管は大気速度を計測するものだ、ということは本サイトをご覧になるあなたはもちろんご存知ですよ)。

これは「標準ピトー管」と呼ばれるもので、試験機や試作機などに装着されているものです。管軸に対し空気の流れが15度以内の場合は正しい値を示すように公正されており、その空気の流れの角度を計測するためにピッチ・ヨーセンサーが取り付けられています・・・であってると思いますが自信ありません、識者の方コメント頂けますと幸いです・・・。

この機体は試作機でも試験機でもありませんが、テストパイロットの育成用にこの標準ピトー管が装着されたとのこと。

さすが岐阜基地に近いだけのことはあります。取り付け部は機体中央より左側にオフセットされております。こんな細かいところも実機を目の当たりにできる博物館ならでは。

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ロッキード/三菱 F-104J

とっても細い、F-104J

いわゆる三菱鉛筆。それはそれは細く、薄い機体でありました。

ロッキード社が開発した超音速ジェット戦闘機。愛称は栄光・・・じゃなくて(いやあってるか)スターファイター。この機体の出生は少々複雑です。ワタシごときが解説できるものではないのですがサワリだけ。

太平洋戦争が終結した後、アメリカ空軍は核による戦略爆撃こそが戦争を終結させる手段である、と考えました。当初は戦略爆撃がその思想を支えていましたが、核の小型化により戦術的核兵器の使用が可能となると戦闘機の設計にも影響を及ぼします。

当時アメリカは「センチュリーシリーズ」と後に呼ばれるF-100番台の戦闘機は多数開発します。いわゆる「制空戦闘」に特化した機体ではなく、多くは戦術核を搭載して敵地に侵入する、または戦略爆撃機を護衛するための機体として設計されます。

それらは超音速こそ出せるものの、戦術核(小型といいながらもちろん大きい)を搭載するために大柄な胴体を持ち、軽快な運動性は望むべくもないものでした。

その状況に危機感を覚えた・・・のか、1952年3月に元ロッキードの技術者「ケリー・ジョンソン」は最終的に機体重量3.6tを目指したジェット機としては異例な小型機のデザインを書き上げました。これがF-104の原型です。究極の機動性と高速性を追求し生まれたF-104は1954年に初飛行、その形状と飛行特性から事故を多発、アメリカ空軍では短命に終わりましたが西ドイツや日本で採用され最終的に2,578機が生産されました。

つまり、センチュリーシリーズにしては異端児、というわけです。

F-104のショックコーン。

これがF-104の特徴のひとつ、固定式ショックコーン。

マッハ2クラス戦闘機のF-104、その超音速の空気をそのままエンジンに取り入れるとエンジン内部で衝撃波が発生、エンジンをあっという間に破損してしまいます。ショックコーンはインテイク手前で衝撃波を発生させそれを防止します。F-104の試作機には装備されていないこの機構は画期的で、初期の「お披露目写真」をみるとこの部分にカバーをされたものが多く、その存在は秘密だったといわれています(単なるカバーだった可能性あり)。P-2Jのジェットエンジンにも書かれていたクサビ状の警告線が見えますね。

マーキングつながりで機首のマーキング写真も。

F-104機首マーキングアップ。

右上の赤い下向き三角マークは、射出座席の警告マーク。中央の大きな黄色矢印は緊急時のキャノピーリリースコードが収納されているハッチを示します。その下の黒い長方形に使用方法が掛かれております。その左の太い黒枠はアーマメントチェックリスト。武装を搭載した際には、搭載した弾薬類をここにグリースペンで直接書き込みます。

機能を追及した戦闘機ならではのマーキング。ガンプラを作る方などはこういったテイストを取り込むと渋い、かもです。

三菱 T-2 高等練習機(ブルーインパルス)

ブルーインパルスT-2

T-2。

三菱重工が開発・製造したこの練習機はの初飛行は1971年、実に47年前。そのころ、すでに航空自衛隊は先にご紹介したF-104を配備しており、さらにF-4EJファントムの配備も決定しており、超音速飛行ができる高等練習機が必要となっていました。

ちなみにこのときに使用されていた練習機が、T-33というわけ。

アメリカからT-38練習機を購入するか自国開発を行うかで意見は割れましたが、「国内の航空産業と若い技術者の育成、飛躍を目的とする」との意見が優先され自国開発と相成りました。この機体は後にF-1支援戦闘機へと発展します。

  • 乗員: 2名
  • 動力: RR/石川島播磨重工業 TF40-IHI-801A ターボファンエンジン、3,240 kg × 2
  • 最大速度: 1958.4 km/h (マッハ1.6) ※高度36,000 ft時
  • 実用上昇限度: 15,240 m (50,000 ft)
  • 固定武装: JM61 20mm機関砲 (後期型のみ)
  • アビオニクス: J/AWG-11火器管制レーダー (後期型のみ)

T-2はブルーインパルスの機体としても採用され、展示されている機体は当時ブルーインパルスで使用されていた機体そのものです。ただ残念ながらT-2ブルーは浜松を含めたいくつかの事故を起こし、結果短命に終わっています。

高翼配置の機体はとてもスマート、ブルーカラーとあいまって精悍な印象。特徴的なメインギアはこの機体の見せ場・・・だと思う。

T-2メインギア

左右のギアに挟まれた板はスピードブレーキ。下に左右2枚、展開します。

ノーズギアはシンプルな単輪式。細かいパイピングや注意書きに注目。

T-2ノーズギア

オレオ部には赤い保護カラーが取り付けられており、またパンク防止のためにジャッキアップされていますね。ボランティアの方々の細かいお気遣いが偲ばれます。

国産機体だけあって注意書きも日本語中心。

T-2エンジン上部の注意書き

スナバ空気、スナバ圧力・・・なんでしょう?

エンジンはこんな感じ。素材の色の違いは模型の資料などになりますでしょうか。

T-2エンジン

三菱 T-2 CCV研究機

T-2CCV研究機

そしてT-2を改修して作られたのがこれ、CCV研究機。

CCV。Control Configured Vehicle の略、運動能力向上機。

本来飛行機はその機体形状により安定性を確保します。長い胴体、重心から離れた箇所に設置された大きな尾翼。しかし当然ながら「安定性のある機体」は戦闘機に要求される「クイックな動き」を行うことはできません。

従来、その「安定性」と「俊敏性」の隙間を狙い戦闘機は設計されていました。ところがこのCCVは

  • 機体は俊敏に(不安定に)し
  • コンピュータ制御で安定性を確保する

ことで、これらの両立を実現しようとしたわけです。

 

 

以降、執筆中・・・

 

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