必殺技

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必殺技

知っていても披露する場がなくフラストだけが溜まるミリタリー知識。今日は「必殺技」のお話です。

ピンチに陥ったヒーローだけが繰り出すことができる一発逆転技。技名を叫ぶことによって発動します(?)。でもそれはアニメや特撮だけのお話・・・でもないのです。 こんな技、現実の世界でも存在していました。

戦闘機同士の戦闘、特に太平洋戦争当時日米における対戦闘機戦闘は

  • 一方が一方を発見し奇襲を仕掛け
  • 仕掛けられたほうが一撃で落とされなければ反撃し
  • 乱戦になり
  • 燃料等の制約で時間切れになり終わり

となります。この

  • 乱戦

はいわゆるドッグファイトで、お互いがお互いの後ろに回り込むべく旋回を続けながら互いに相手の隙を探り、自機のエネルギー管理をしつつ敵機を自分の前に押し出したほうが勝ちです。

お互いに同じ様な機体(1000~2000馬力の単発エンジン、単座、低翼単葉、固定銃)に乗っているわけですから旋回性においては若干の利が日本機にあったとはいえ、ほとんどの場合は後ろに食いつかれたら「負け」です。 ところがこの「後ろに食いつかれた」状態から、状況を一発逆転させてしまう必殺技がありました。

これが「左捻り込み」です。  

 

坂井氏の零戦21型

坂井氏の零戦21型

  • 今日のお話の主人公、坂井三郎氏の愛機 零戦21型。長谷川模型様より画像をお借りしています。目前のF4Fはジェームズ・“パグ”・サザーランド氏搭乗機。

 

その技、左捻り込み 。

「捻り込み」は敵機が自機の後ろにいる状態から左ななめ宙返りを行うところからスタートします。左ななめ宙返りの頂点を過ぎたあたりで自機をドリフト(着陸操作のクラブに似ていると思われる)させ、最適なコーナー速度まで減速しつつ、高度を維持します。そのまま通常の宙返りよりも

  • 若干高い高度

  • 遅めの速度(失速寸前、最も舵が利く速度)

でかつ

  • 開き気味のスロットル(速度の割に)

を維持しつつ最大旋回を行います(この時にパイロットが「ひぃだりぃー!ひぃねりこみぃー!」と叫んだか否かは永遠の謎)  。

 

左捻り込みの図。

左捻り込みの図。

  • 加藤寛一郎教授の名著、零戦の秘術(講談社)よりお借りしました。捻り込みの軌跡。これを坂井は「80点の理解」と称した。

 

通常の宙返りを続けた敵機はひょろひょろと前に押し出され、捻り込みを完了した時点であら不思議、後ろにいた敵機が自機の前にいる、攻守大逆転が可能となるわけです(念のため、後ろにいるほうが攻で前にのめったほうが守です)。

ルーキーのころに訓練でこれを先輩パイロットに仕掛けられた日本海軍のエースパイロット坂井三郎は

「不思議なことに何度やっても宙返りが終わるときには先輩を追い越してしまう」

と語っています。もちろん実戦であれば不思議がっている余裕はなく、背中に弾丸が刺さります。

この技はエンジンの回転トルクと零戦をはじめとした日本機の特徴(低翼面荷重による低速での旋回性能)を生かしたもの、とされており、日本海軍のパイロットでも坂井氏をはじめとしたエース級しか使いこなせなかったといいます(念のため、坂井氏しか使えなかったわけではないし坂井氏が考案したわけでもない)。

※筆者追記・・・エンジンの回転トルクは恐らく左捻り込みの「入りのきっかけ」に使用したに過ぎないのでは?と考えています。

ポイントは左ななめ宙返り中という、飛行諸元が刻々と変わる状況において自機の状況を完璧に把握し「失速寸前」を維持しつつ機体をコントロールすることにあり、これはもう「神業」の領域と称してよい類のものと思われます(筆者注:画面下部のコメント欄を合わせてご参照頂きたく存じます)。失速速度は一定ではなく、飛行諸元により刻々と変化する性質のものです。少しでもスティック操作を誤れば即座に失速、スピン。アンコントロールになった零戦は「周囲を飛び交う敵機」に袋叩きです。

※ここ、ポイントです。左捻り込みは「失速寸前の操作」であり、「失速操作」ではありません。なのに未だに零戦の「左捻り込み」を「プロペラトルクを利用した失速旋回」と称する説明が絶えない・・・フラシムの失速反転の動画をアップして「これが左捻り込みだ!」とか・・・なんと嘆かわしい・・・1対1ならいざ知らず、n対nの対戦闘機戦闘中に名手サカイが一瞬たりとも自機をアンコントロール状態に持ち込むわけがない!

※※このテキストは↑が言いたいだけだったりもします。

さてこの必殺技「捻り込み」、なんたってピンチを一発逆転できる技ですからさぞ実戦では重宝したことでしょう?

 

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必殺技は使わない。

坂井氏はその著書で語ります。

「私は実戦で「捻り込み」を使ったことは一度もございません」
「捻り込みを使う必要がある状況はすでにその時点で負け戦です」
「ベテランパイロットは自分を負け戦の状況に追い込むことは決してありません」
「自分が「いざという時の決まりの一手」を持っていることが余裕を生み、戦闘を有利に展開できるのです」
「ベテランならば、攻めの一手と守りの一手を必ず持っているものです」

さすが、生き残りのおっしゃることは一味違います。

「必殺技を持ちつつ、されど使わない」

これが「勝者たる者の生き残りの秘術」、なのです。

余談。

そういえば、木の葉落としっていう必殺技も・・・あったのかな?

 

参考図書

坂井三郎氏の著書としてもっとも有名。戦記としても、半生記としても秀逸。 

加藤寛一郎教授氏の著作数点。どれも面白い!

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6 Responses to “必殺技”

  1. はせがわ より:

    こんにちは、はじめまして。 面白い記事が満載で全部読むのに半日かかりました。
    せっかくなので、お礼をこめての私なりの辛口のコメントをご容赦ください。

    「「失速寸前」を維持しつつ機体をコントロールすること」自体はパイロットならだれでも訓練しますし、その状態を維持判断する方法はいくつもあります。それだけでは神業とまでは呼べないのではないでしょうか。なので周囲の敵の状況に応じてその制御を上手く可変、制御できるところが神業なのではないでしょうか?

    「失速速度は一定ではなく、飛行諸元により刻々と変化する性質のものです。」
    これについでは同意します。 ですが、
    「少しでもスティック操作を誤れば即座に失速、スピン。」は必ずしもそうではないです。それ以外のまずい状況になることもあるし、そうならずに上手くリカバリできる場合もあります。

    以上私の勝手な私見です。かなり昔ですが一応レシプロ機の戦闘軌道の実地訓練等を受けた有資格者でしたので参考までに。 

    • yakumili より:

      はせがわさま、コメントありがとうございます!また、稚拙な当サイトをご覧頂き心よりお礼申し上げます。

      レシプロ機の戦闘機動の実地訓練ご経験者という、極めて貴重なご体験をお持ちの方にコメントを頂けて光栄に思います。

      私はそのような経験を持ち合わせておりませんし、ましてや航空機操縦経験もありません。ですから、はせがわさまのご意見が正しいのではと考える次第です。また、個人的に坂井氏、そしてかの氏の著作(この著作にいろいろなご意見をお持ちの方がいらっしゃることはさておき)に大きな尊敬の念を感じておりますゆえ、少々大げさに取り上げてしまいました。

      ご指摘の通り「神業」なのは単に失速直前の操作を左斜め宙返りの最中に駆使することではなく、それを命の取り合いという極限状況下において敵機との間合いを相対的に取りつつ冷静に繰り出せるその技術と精神力にある、と思いこのような表現となりました。

      ご指摘頂き心より感謝申し上げます。頂きましたご意見はコメントとして公表させて頂き、サイトの読者の方に補足としてお読み頂けるよう注釈をつけておきます。

      このたびは貴重なご意見ありがとうございます。これからもなにとぞよろしくお願いいたします。

      やくみり管理者 yakimili

  2. R123 より:

    こんにちは!
    私も飛行機が好きなので楽しんで記事を読ませてもらいました。私は航空機の設計者を目指している工学系の学生なので、特にエリアルールや境界層の記事は興味深いお話でした。

    今回の記事についてですが、一つ指摘させていただきたい点があります。

    参考図書に挙げられている「大空のサムライ」についてですが、ゴーストライターが書いたという噂があります。

    下記URLのWikipediaの記事でもそのことについて触れられています。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E4%BA%95%E4%B8%89%E9%83%8E#.E8.91.97.E4.BD.9C.E3.81.AE.E8.A9.95.E4.BE.A1

    坂井三郎氏についてはその逸話が嘘のものであったり、撃墜数も捏造であるという話もあります。

    坂井氏が空戦から生還したベテランのパイロットであったことは間違いないと思います。しかし、よく言われるような逸話が全て本当のものかについては疑問が残ります。また、大空のサムライについても書かれていることか全て真実かどうかという点も怪しい部分があります。

    記事の内容や坂井氏を全否定するつもりはありませんが、参考図書から坂井氏の言葉、証言を引用したのであれば、必ずしもその内容が正しいとも限らないという点を考慮すべきではないでしょうか。

    坂井氏に対して賛否両論がある中で、氏があまりにも有名になり、称賛する声ばかりが大きく取り上げられているように思います。はせがわさんのコメントも読んで、合わせて疑問に思ったのでコメントさせていただきました。

    以上が私の個人的な意見です。

    • yakumili より:

      R123様、コメントありがとうございます!エリアルールも境界層も本当にそれら知識の表面をさらっとさらっただけのテキストですので、お手柔らかにお願い致します(^^

      さて、坂井氏に関して。坂井氏に関しては、「事実である事」「事実であるか疑わしいこと」「誤りであること」の3点をわけて議論する必要があります。

      大空のサムライを実際に書いたのは坂井氏か?・・・疑わしい、ないし誤りである。
      坂井氏は零戦に乗っていたか?・・・事実である。
      坂井氏は64機を落としたか?・・・疑わしい。
      坂井氏は列機を落とされたことがないか?・・・事実である。
      坂井氏は捻り込みを使えたか?・・・恐らく、事実である。
      捻り込みという技があった・・・事実である。
      坂井氏は敵基地上空で宙返りをしたか?・・・恐らく、誤りである。
      坂井氏は腕が立ったか?・・・恐らく、事実である。
      坂井氏はガダルカナル初日に負傷後、長時間飛行をして声援したか?・・・事実である。
      坂井氏はサザーランド氏と一騎打ちをしたか?・・・事実である。

      こんなところではないかと考えています。ヘンリーサカイダ氏の調査等によって米側記録とクロスチェックされた事例もありますし、恐らくは坂井氏の「口が滑った」話もあるでしょうし、ゴーストライター氏が盛ったこともあるでしょう。ただし坂井氏が零戦の、それもかなりの腕利きのパイロットであることは恐らく間違いなく(加藤教授との対談で出てくる様々な話は、ウソや盛りで語れる内容とは思えず・・・私をだませても加藤教授は騙せませまい、左を踏んで左に滑らせる、の話等)、ゴーストライター氏もこれは想像ですが100%話をぶち上げたわけではなく、坂井氏の口述をまとめた(これは、よくある話です)もの・・・でしょう。

      本テキストは
      -「捻り込み」というテクニックがあった。
      -それは後ろと取られた状態からの一発逆転技である。
      -それは失速反転ではなく失速ギリギリの操縦によるものである。
      -そしてそれを頻繁に使用しなかったという証言がある。

      というものであり、決して氏だけをを賛美するものではありません。もし、そう読まれたのであれば私の筆の未熟によるものであり、深くお詫びする次第です。

      いずれにせよ戦後かなりの年数がたち、また当事者は多く亡くなられました。真実の追求は困難であると思われます。R123様の貴重なご意見をここに記録させてい頂き、あとはお読み頂いた方にご判断頂ければよいかと存じます。

      いかがでしょうか?

  3. R123 より:

    非常に詳しく具体的な考証とご意見ありがとうございます。
    より詳しいコメントをしていただいて、yakumiliさんが私なんかよりもしっかり、坂井氏に関するエピソードの真偽について考えており、知識も豊富に持っておられることがよくわかりました。参考図書の「大空のサムライ」の内容を鵜呑みにしている方が多いようで心配になったのでコメントさせていただきましたが、それだけの知識をお持ちになった上で記事を書かれているのであれば、むしろそれは素晴らしいことだと思います。

    他にも面白い記事が多かったので、今後の記事にも期待しております。
    わざわざお返事ありがとうございました!

    • yakumili より:

      R123様
      ご丁寧なご返信ありがとうございます。
      いえいえ。これらは考証などと呼べるものではなく単に2次資料、3次資料の寄せ集めにすぎません。本来であれば一次資料をあたらないといけないわけで・・・。
      が、少しでも楽しんで頂けたらと思っております。
      これからもよろしくお願いいたします。

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